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ルアンちゃん
和・洋菓子コラム 一覧

12年01月01日・・・・・・『深川・七福神めぐり』
12年02月01日・・・・・・『食品鮮度保持剤』について
12年03月03日・・・・・・『桃の節句と五節句』について
12年04月01日・・・・・・『羊羹の歴史』について
12年05月01日・・・・・・『お茶のいろいろ』について
12年06月01日・・・・・・『ぜんざい』について

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ルアンちゃん

例年に比べ、今年はまだまだ寒く春の足音が聞こえて来ません。
関東での桜の開花も、7日〜10日以上も送れています。

今回は、「羊羹の歴史」について調べてみました。
お茶に羊羹は、とても良く合いますね。
もちろん、今日のおやつは「本煉り羊羹」にしま〜す。




【羊羹とは】
羊羹の二文字は「羊(ヒツジ)」と「羹(アツモノ)」で、羊肉入りの汁物でした。
「羹」とは、肉や魚を入れたスープの意味です。(日本国語大辞典)
羊羹の起源は、古代中国で食されていた羊肉入りの汁物でした。
これが平安時代に遣唐使により我が国に伝えられたもので、仏教国の日本では肉食が禁じられていた為、 小豆や小麦・葛などの粉を練って蒸し、肉に見立てて汁の中に浮かべたものが、 当時の宮廷や上流階級の人々の間でもてはやされた様です。
日本に於ける羊羹の始まりは、代用品の食材を入れたスープだったというわけです。

(水ようかん) 【蒸し羊羹の誕生】  − 写真左 : 水羊かん −
今日の羊羹の姿に近づいたのは、鎌倉・室町時代に普及した 茶道の点心(食事代わりの間食の事)の一つで、他に麺類・ 餅・饅頭などがあります。
汁の具だった小豆の蒸し物も汁がなくなり、 お茶菓子として重宝され、 これが「蒸し羊羹」のルーツとなった様です。
【煉り羊羹】
貴重品だった砂糖が、戦国時代末期になると南蛮貿易によりカステラや金平糖等と 共に輸入されるようになり、やがては琉球や薩摩の製糖技術が全国に伝播して、 国内各地でも砂糖が生産されるようになりました。
寛政年間(1789〜1801)の初めに日本橋で喜太郎という人物が、初めて「煉り羊羹」を 作って売ったとあります。
これは、寒天と砂糖を煮て小豆粉を入れて煉り、木箱に流して固めたもので、 「蒸し羊羹」に代わりこれが現在の「煉り羊羹」原形になった様です。

【色々な羊羹】
水ようかん夏に欠かせない、甘さ控えめで冷たくした小豆コシ餡の羊羹
栗蒸し羊羹秋から冬にかけて販売される、蒸し羊羹
本煉り羊羹小豆コシ餡に、砂糖・水飴・寒天で作られて練り上げた羊羹
小倉羊羹小豆煉り餡に、茹で小豆を加えて作られた羊羹
栗入り羊羹小豆煉り餡に、1粒栗や栗ダイスを加えて作られた羊羹
栗羊羹栗を餡状に煉り上げた、栗風味豊かな高級羊羹
抹茶羊羹白いんげん豆のコシ餡に、抹茶を加えて煉り上げた羊羹
柿羊羹柿のペーストを白いんげん豆を合わせて煉り上げた羊羹
※まだまだ、各地方には色々な羊羹が有るようです。

【関連項目】
 '06年02月01日「小豆」と「ささげ」  '06年03月16日「つぶ餡」と「こし餡」
 '06年09月16日「小豆の歴史」    '06年10月01日小豆の「こし餡と小倉餡」
 '06年10月16日「白小豆」の白餡   '06年11月01日「白餡と黄味餡」
 '07年03月16日お彼岸と「おはぎ」  '10年10月10日「小豆の地名」
 '11年05月11日穀物:「小豆編」    '11年06月11日穀物:「インゲン豆編」
 
資料: ウッキペディア(羊羹)・ 小城羊羹の歴史 等を参照しました。
    
<調 査:本社 営業部門 >

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